一見ポケモンバトルに関するようで関係ない話を交えつつ適当に思うところをふらふらと書き連ねる理論    略してふらりろん その1      役割論・再考 皆さんは、ポケモンバトルの時に何を考えていますか? 役割(理)論、という言葉がありました。 バトルの時、ポケモンに「果たすべき役割」を設定し、 その役割に沿って行動させることで バトルを円滑に進め、勝利に導くための理論です。 いくつかのサイトでも紹介され、話題に上ることも多い単語なので 耳にした方は多いと思われます。 さて、その役割論。 皆さんはどのように解釈しているでしょう。 一度ならず耳にした方は、各々の考えを漠然でも持っていると思います。 私がネットサーフしている時に見かけたサイトのいくつか、 またはチャットや掲示板、時にはオフ会で交わされる議論。 「役割」と聞いて浮かべるイメージは、まさに十人十色でしょう。 多数の意見が存在するのはとても好ましいこと。 人の意見のカーボン・コピーでは、対戦もいささか面白みに欠けてしまいます。 ここで一つ問題提起。 あなたの考える役割論は、受けの理論に終始してはいませんか? 受けの理論。 相手のポケモン(の技)を受けきるのは重要なことです。 HP0になれば、手持ちのポケモンは戦えなくなってしまいます。 勝つためには、相手よりも少しでも長く戦っていなければなりません。(←変な表現ですが) 長く戦い続けるためには、受けるダメージを最小限に抑え、 属性の相性を最大限に活用し、 技によって何度も回復するのが有効でしょう。・・・書くだけなら簡単です。 実際には、相手のポケモンがメインに使ってくると考えられる技、 さらに補助に使ってくる技、何を使われても柔軟に対処できるように こちらのポケモンを動かしていく、という理論になるでしょうか。 必然とパーティ構成は回復力、耐久力に重きを置いた持久型となっていきます。 現在バトルで使われているパーティを見ても、回復技を入れるのが前提となって 構築されている物が多くみられると思います。 極端な例を挙げてみましょう。相手に回復技がない場合、 相手の3匹に毒を入れて、こちらは眠っているだけで勝てるのです。 毒ではなく普通の攻撃技でも、こちらは回復しつつスキを見て攻撃し ダメージを積み重ねれば、回復しない相手はいずれHPを削り取られますね。 ということで結論は、 「回復技いれれば負けないんだからとにかく回復する構築にしよう」 「全員で眠れ、自己再生だ」 ・・・これで良いでしょうか。 確かに、受けの理論としては、これで満点がもらえそうです。 ・・・少しばかり話を変えてみましょう。 『徒然草』第百十段では、こんなエピソードが紹介されています。 “双六の上手といひし人に、その手立てを問ひ侍りしかば、 「勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり。 いづれの手か疾く負けぬべきと案じて、その手を使わずして、 一目なりともおそく負くべき手につくべし」と言ふ。” 「双六の強いといった人に、その方法を尋ねましたところ、 『勝とうとして打つのではなく、負けないように打つべきだ。 どの手が早く負けてしまうだろうかと考え、その手を使わないようにして、 一手でも遅く負けるような手を続けるべきである』と言った」 ここでいう双六とは「盤双六」、現代でいうバックギャモンのこと。 サイコロという運の要素がありながらも奥の深いゲームです。 負けないように、負けないように、と手を重ねることが、結局は勝利に繋がるのだ、 というこの一文は、何やら上で書いた「受けの理論」に共通するものがありますね。 ところがこの一節には続きがあって、 “「囲碁・双六好みて明かし暮らす人は、四重・五逆にもまされる悪事とぞ思ふ」” として次の段へ進みます。 吉田兼好は双六の勝ち方を聞きつつも、そればかりを好むのは悪事を働くのと同じだ、 と締めくくり、この話のオチとしたわけですね。 話を戻しましょう。 上に挙げた「受けの理論」ですが、 もし双方が同じ考えでバトルを進めたらどうなるでしょうか。 「おそく負くべき手」では、負けない戦いを進めることはできますが、 両者がそのようなだけを繰り返すのでは、ただの千日手となってしまうでしょう。 勝つためには、相手のポケモンを倒さなくてはいけません。 何も考えずに攻撃するだけでは、回復されてまた振り出し。 ならば攻撃は、相手に最大限のダメージを与え、属性の相性を最大限に活用し、 最大限の効率を以って行わなければなりません。 攻めの理論、とでも呼んでおきましょうか。 役割論の根幹、それは 「手持ちのどのポケモンで、相手のどのポケモンを倒すか」を考えること。 相手に効率的にダメージを与えるには、当然ながら その相手のポケモンに対して有利なポケモンを出せば良いでしょう。 相手に対して、属性的に・能力的に有利なポケモンで戦い、 こちらが不利になる組み合わせで戦わない。 基本としてはこれだけですが、 その相手が、こちら有利の状況のまま戦ってくれるとも限りません。 お互いが自分に有利な状況を作ろうとすれば、どちらも次第にHPを削られ消耗していきます。 有利な状況作りのために、消耗していく。 当然ながら状況作りのチャンスは多い方が良い。 ここで初めて、「受けの理論」という防御策が生きてくるのではないでしょうか。 受けの理論を土台として据え、その上に攻めの理論という家を建てる、のではなく。 家を建てることをまず考え、それを安定させるために土台が必要となってくる。 完成する物が同じであっても、そもそもの順序を再考すると、 二者に全く違いが無い、とは言い切れないでしょう。 私の戦い方が、必ずしも後者の理論の元に構築されているわけではありません。 むしろ自分自身、典型的な前者の・・「受けの理論」の模倣者、だと考えています。 ですが。この考え・・・攻勢のための防御、 負ける時期を延ばすためでなく、チャンスを作るための防御、というこの理論を 常に目指すべきものとして考えたい、と思っています。 皆さんも、自分自身の理論を、再考してみてはいかがでしょうか。 FLR. 2004.